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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)10060号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔事実と判断〕原告は埼玉弁護士会会員で弁護士業務に従事するものであるが、昭和三五年六月二七日被告から、安田商事株式会社に対する土地所有件移転登記手続請求、林紡績株式会社に対する土地所有権移転登記の抹消手続請求事件について裁判上並びに裁判外の一切の解決事務を委任された。すなわち被告は安田商事からその所有土地を昭和三四年一月六日代金一、四〇〇万円で買受け同年六月一五日までに代金の内金として一、二〇〇万円を支払つたが、右工地は林紡績に対する債務のための担保がついていたので被告にたいする所有件移転登記手続がのびのびになつていたところ、昭和三五年三月一一日担保権者たる林紡績は当時弁済期未到来の残債務三八〇万円について不法にも代物弁済による所有権取得の登記をして了つた。安田商事は被告に対し示談の交渉をして来たが、被告は同商事の資力に信頼がおけないとして、原告に対し右の通り訴訟を提起するよう依頼し、同日原、被告間に着手金、訴訟費用をあわせて金八〇、〇〇〇円、成功謝金は訴訟物の価格すなわち一、四〇〇万円にたいする一割の金員を支払うことを約し、即時八〇、〇〇〇円を交付した。原告はみぎ委任に基ずき、登記所に赴き右土地についての登記関係を調査し、昭和三五年七月一九日名古屋地方裁判所に訴を提起し、同時に右土地について予告登記手続がとられ、口頭弁論期日が指定された。ここにおいて前記訴外人らは従来の態度を改め、被告にたいし低姿勢で示談の申入をするようになり、被告は原告に謀ることなく一、〇〇〇万円を受取り原告に無断で訴を取下げた。被告の行為は日本弁護士連合会の報酬規程にいう「弁護士に無断で訴を取下げ」かつ「自ら和解をなし」以つて依頼した事件を完結させたものと看做されるから、無断取下の場合成功報酬を支払うという特約がなくても、前記日本弁護士連合会規程第七号手数料謝金規定により当然成功謝金を請求することができる。

かりに然らずとしても、成功報酬契約は事件の有利な解決を条件とする条件付契約と解することができるから、被告が原告に無断で示談し訴を取下げたことは故意に条件の成就を妨げたものであつて、民法第一三〇条により原告としては条件が成就したものとみなして報酬を請求することができると主張した。

被告は原告にたいし、本件土地売買代金として安田商事に支払つた金一、〇〇〇万円の回収方を依頼し、手数料及び費用として金八〇、〇〇〇円を支払つたが、安田商事は五〇〇万円を支払うといつているから原告に対する報酬契約は被告においてみぎ金五〇〇万円を超える金員の回収ができたときその額の一割に相当する金員を支払うという内容であつた。そして被告は、安田商事から金五〇〇万円を直ちに支払い、残額七〇〇万円のうち五〇〇万円は昭和三八年以降の利益金で支払う旨の和解案の申入をうけ原告の了解を得た上でこれを受諾し、訴の取下をしたのであつて、被告としては安田商事から金五〇〇万円の支払いをうけただけで、それ以上の金員の回収をしていないから原告に報酬を支払う義務はない。本件においては前述のとおり原告と充分打合せた上係争事件を完結させたものであるから、日本弁護士会会規に所謂無断で事件を完結させたときにあたらない。

かりに被告が原告の了解を得ないで係争事件を取下げたとしても、元来日本弁護士連合会会規はそれ自体法令と同様の効力があるわけでなく、弁護士が右会規を標準として依頼者と報酬契約を締結することによつてはじめて報酬等の謝金債権が生ずるのである。本件においては原告が被告の無断取下の場合に謝金の全額の支払を求めうる旨の特約をしていないから原告は被告の無断取下を理由に全額の成功報酬の請求をするのは失当である、と抗争した。

判決は、原被告間に成立した報酬契約は、手数料並に費用として金八〇、〇〇〇円謝金(成功報酬)として被告において本件土地の所有権移転登記手続等を求め得た場合は目的物価格の一割、和解等により被告が金員を取得した場合は取得価額の一割を以つてすることと定められたこと、原告が被告のため安田商事らを相手取り本件土地の所有権移転手続請求等の訴訟を提起したこと、その後被告は安田商事から金五〇〇万円を即時支払い、その外に金五〇〇万円を分割支払をなすにつき本件土地売買契約の合意解除に同意せられ度い旨の示談の申込をうけ、原告に対し電話で右示談案を承諾し金五〇〇万円を受領して訴を取下げたい旨申出でたところ、原告は被告のため不利益であるとの趣旨の回答をしたが、被告は安田商事から昭和三五年八月一日金五〇〇万円を受取り、土地売買契約を合意解除し、残額について五〇〇万円を昭和三八年以降分割弁済をうけることにし、同月三日被告の名において訴の取下書を提出したこと等を認定した上、原告主張の弁護士会の報酬規程は事件依頼者たる被告を当然には拘束するものでないと判断して原告の第一次の主張を排斥したが、前記謝金契約は条件附契約であるとの原告の予備的主張を採用し、被告に金一〇〇万円の報酬金の支払を命じ、つぎのとおり説明している。曰く。

「訴取下による成功報酬の請求について、謝金については、被告は、原告に対し、訴外安田商事及び林紡績に対して、本件土地の所有権移転登記を被告に得しむることについて裁判上並びに裁判外の一切の解決を委任し、目的を達したときは、即ち、登記手続が求め得たときは目的物の価格の一割、金員の支払を得る方法のときは、被告が取得すべき額の一割を以て謝金とする話合ができたことは前認定の通りである。従つて目的を達する解決の方法としては、窮極に於ては、種々の方法並びに段階があるわけである。

前記謝金契約も一種の条件付権利と解し得る、そしてその条件とは、裁判上或は裁判外に於て被告にとり有利に解決されると言うことである。被告が、相手方と示談をして訴を取下げれば、原告としては、最早委任をうけた事件を解決することは不可能になるは当然といえる。従つて右の示談並びに訴の取下は、原告にとり条件の成就を妨げられたものと言い得る。原告としては、条件が成就したものとみて謝金を被告に請求出来る筋合である。然しながらその謝金は右の通り解決に各種の方法あり従つて各段階がある以上、そのどれによるか不明である。

(2) 又被告が相手方となした示談契約が原告のなした事務処理と因果関係があれば、それは、原告のなした行為の結果とみうるのであるから、たとい被告が相手方と直接示談しても、原告は、自分が解決したものとして謝金の請求が出来るものと解すべきである。これを本件に於てみると、前認定の通り被告と訴外安田商事、並びに林紡績との間に、金銭的解決の話合があつたが、その実行につき被告が疑念をもつたためこれに応ぜず、その解決を原告に委任したところ、原告が訴の方法に着手した結果、再び示談の話合が再燃したもので、示談の成立も原告の行為と因果関係があるものと認められる。

(3) 斯る場合、条件の成就とみなす「解決」は示談により「解決「された「解決」と同一のものとみるべきと思料する。従つて謝金の額は、示談により被告の取得すべき利益を基準とすべきである。

そうすると、前認定の通り、被告は、示談により、昭和三五年八月一日金五〇〇万円を受領し、残額五〇〇万円については、昭和三八年以降に分割弁済をうける話合になつたのであるから、被告の取得すべき金員は合計一、〇〇〇万円である。残額の五〇〇万円については、前認定の通り被告は、支払期限を約定しているのであるが、謝金の支払の基準としては、残額の五〇〇万円について期限の猶余があるにすぎないので、金一、〇〇〇万円を基準とすべきである。

従つて謝金としては、一割にあたる金一〇〇万円となるわけである。

(4) 原告は、被告は、原告に無断で訴を取下げたと言うが、前認定の通り、原告の意思に反して訴の取下げられたことは認められるが、被告の電話連絡により、原告としては訴の取下げられることは予知したものと推認されるので、これを目して無断取下げとまでは認められない。然し、被告の取下により原告としては、最早訴訟進行は不可能になるのであるから、条件成就を妨げられたと言うことには該当するわけである。

(5) 原告は、弁護士法、並びに日本弁護士連合会規程に則り、当然無断訴の取下の場合は、謝金を請求できると言うが、斯る規程は、謝金について被告を当然に拘束するものではない。」

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